現代史の大学院修士課程を修了(ロンドン大学バークベック校-留学戦記)。 再び社会人に復帰。これからも旅と学びに生きる。※現在はNoteで旅や移動に関する文章を書いています. このブログは元々、「バークベック留学戦記」として綴っていました ▶ https://note.com/ericfujimaki
2023年9月29日金曜日
<出版告知>
10/25 に旅と歴史の初エッセイ 『プラハのオペラ座 -旅に生きる-』を十勝のクナウパブリッシングから刊行します。原点は北海道。中東欧への旅とオペラが人生を変えた。
詳細は
電子書籍版も10/25の発売時点で購入できる様に準備中です。よろしくお願いします
2023年9月6日水曜日
2023年9月末 広尾商店街でEU関連イベント
ヨーロッパ言語の日 in 広尾散歩通り
があります。
https://tokyo.czechcentres.cz/ja/program/evropsky-den-jazyku-2023
2021年1月10日日曜日
ル・コルドン・ブルー ロンドン校とロンドン大学バークベック校の共同で学位取得を目指す
料理・菓子専門学校と大学のコラボ
中々興味深い。
ロンドン大学バークベック校(Birkbeck, University of London)とル・コルドン・ブルー ロンドン校の共同で学位取得を目指す3年間のコースも開講されています。
https://www.ryugakuatuk.com/school/le-cordon-bleu-london/
2018年4月13日金曜日
いつか訪れたいチェルノヴィッツ
http://diamond.jp/articles/-/1089
2018年2月22日木曜日
野口久光 シネマ・グラフィックス展(新潟市美術館 2018/3/25まで)見学
昭和を代表する映画ポスターのデザイナーであり、ジャズ評論家としても活躍した野口久光氏の作品展。
http://www.ncam.jp/exhibition/4004/
2014年に京都で同様の展示があったのだが見逃してしまい、この映画ポスターを中心とした展示を4年越しで見ることができた。ここ数年の博物館・美術館めぐりの中でも、群を抜いて広がりを感じられるものであった。 来年(2019年)、横須賀でも同様の展示が行われるとのことなので、首都圏でも楽しめることになる。
企画協力・監修を行っているNPO法人「NPO法人 古き良き文化を継承する会」
(http://furukiyoki.org/category/info/)の代表者の講演も興味深く、また大林監督が手掛けた『思い出は映画とともに』も映画の予告編を中心として映画を作るというユニークな短編ながら、映画の楽しさを改めて感じさせるものであった。
映画には、それを昔見た高齢者に対する「回想法」により認知症予防や進行抑制などが期待・実感できるという効果があるとは思いもよらなかった。
ポスター展示では、戦前のドイツ・オーストリア映画の数々、戦後はフランスものが圧巻していた。
『野ばら』のポスターを見て驚いた。時はハンガリー動乱直後、逃げてきた子供がウィーン少年合唱団に入って成長していく話だったのか! まだまだ見ていない映画のオンパレードであった。
また、行かれなかったが市民映画館とのタイアップ企画上映もあり、日本海側の拠点都市の心意気も感じられた。
https://www.cinewind.com/line-up/#coming
さて、映画全盛期のポスターのインパクトは如何ほどのものだったのだろうか。
深夜勤務が続いていたのでタクシーの運転手さんに聞くと、「銭湯によく貼ってあった」「今とは違い写真ではなくて絵だった」といった反応が返ってきた。「ああ、昔の映画を観たいな」とボソッと言ってくれた運転手さんもいた。
行き会った人々の心に、一枚でも印象に残る映画ポスターがあれば、野口氏のようなデザイナーの人にとっても冥利に尽きることになるのであろう。
2018/2/22記
http://www.ncam.jp/exhibition/4004/
2014年に京都で同様の展示があったのだが見逃してしまい、この映画ポスターを中心とした展示を4年越しで見ることができた。ここ数年の博物館・美術館めぐりの中でも、群を抜いて広がりを感じられるものであった。 来年(2019年)、横須賀でも同様の展示が行われるとのことなので、首都圏でも楽しめることになる。
企画協力・監修を行っているNPO法人「NPO法人 古き良き文化を継承する会」
(http://furukiyoki.org/category/info/)の代表者の講演も興味深く、また大林監督が手掛けた『思い出は映画とともに』も映画の予告編を中心として映画を作るというユニークな短編ながら、映画の楽しさを改めて感じさせるものであった。
映画には、それを昔見た高齢者に対する「回想法」により認知症予防や進行抑制などが期待・実感できるという効果があるとは思いもよらなかった。
ポスター展示では、戦前のドイツ・オーストリア映画の数々、戦後はフランスものが圧巻していた。
『野ばら』のポスターを見て驚いた。時はハンガリー動乱直後、逃げてきた子供がウィーン少年合唱団に入って成長していく話だったのか! まだまだ見ていない映画のオンパレードであった。
また、行かれなかったが市民映画館とのタイアップ企画上映もあり、日本海側の拠点都市の心意気も感じられた。
https://www.cinewind.com/line-up/#coming
さて、映画全盛期のポスターのインパクトは如何ほどのものだったのだろうか。
深夜勤務が続いていたのでタクシーの運転手さんに聞くと、「銭湯によく貼ってあった」「今とは違い写真ではなくて絵だった」といった反応が返ってきた。「ああ、昔の映画を観たいな」とボソッと言ってくれた運転手さんもいた。
行き会った人々の心に、一枚でも印象に残る映画ポスターがあれば、野口氏のようなデザイナーの人にとっても冥利に尽きることになるのであろう。
2018/2/22記
2018年2月12日月曜日
よし、もう一度
大学院を修了して、社会人に復帰した後、忙しいことを理由にしてブログはお休みしていたけれど、2018年になり素晴らしい出会いがいくつかあった。放送大学や、東京外大、北大サマースクール、そして旅などのこと、少しづつその後の学びを書いていきたいと思う。
「これが生だったのか。よし。もう一度」(ツァラトゥストラはかく語りき)
「これが生だったのか。よし。もう一度」(ツァラトゥストラはかく語りき)
2014年12月31日水曜日
コシチェにユーシン?? (ハプスブルグの面影を求めて:その20)
旧市街の外れにある宿から空港行きのバス停があった。そこからコシチェ空港に向かうバス停で、不思議な響きの停留所をみかけた。「ユーシン」とあり日本語の響き。
このコシチェではたった一泊だったが、市の中心部はオーストリアーハンガリーの面影を 色濃く残していたことを実感できた。
旧市街の真ん中の広場と教会、市庁舎があり、人々はそこに集う。
駅や空港に降り立った時、そんな安心感も有るからヨーロッパを旅できるのかも知れない。
その中東欧が日本勢を含め欧州での自動車産業の低コスト生産拠点となって久しい。冷戦後、フォルクスワーゲンを始めとして西ヨーロッパの自動車メーカーや部品産業は、東シフトを敢行した。日本ではスズキがハンガリーでいち早く1992年から現地生産をはじめた。理工系を重視した教育水準と安い労働力の確保ということになること、そして社会主義時代の停滞した工場は見捨てるなどの条件が重なったからなのではないか。当初はチェコが注目されたが、より安い労働力を見込み、その勢いはスロバキアやルーマニアに及んでいる。
その一環が、空港に隣接した形で、2013年に株式会社ユーシンがフランスのヴァレオ社から事業ごと買い取ることになり、バス停のなまえも『ユーシン』となったいきさつのようだ。233百万ユーロで1200人の従業員ごと譲渡と地元でも報道もされた。
空港で日本人ビジネスマンらしき人々を見かけたのもそういったことかもしれない。
この先、労働コストをさらに下げようとするならば、より東方のウクライナということも考えうるが、国境管理による物流コストや所要時間や、労働コスト、地政学リスクなどを考えるとまだまだ先の事なのだろう。
ハプスブルグの面影を追いかけながら、中東欧でのビジネスのことも気にしつつ私はコシチェの空港のラウンジで佇んでいた。
(2014/12/31)
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