2013年2月9日土曜日

Mind the gap! (ロンドンの自転車事情) 

  筆者は、交通政策・事情にも関心を持っており、各都市に行くと必ず地図を集め、可能な限りあらゆる交通手段を試してみることにしている。自転車もしかり。 時系列的に都市の交通網を比較すると、都市の歴史上の変遷・これからの方向性を理解するのにも役立つ。 可能であれば、交通博物館や車庫を訪問し、附属図書室で資料も見せてもらっていた。  

    ロンドンではご案内の通り、Tube(地下鉄)、2階建てのロンドンバス、黒塗りのロンドンタクシーが主たる交通機関だ。オーバーグラウンド(近距離列車)も走っているが、日本の様に相互乗り入れは出来ないので各ターミナルで乗り換える必要がある。DLRとよばれる無人交通システム(東京で言えば「ゆりかもめ」)がロンドン東部を走り、南部郊外には、低コストで建設できるトラムリンク(Tramlink)と呼ばれる路面電車も走っている。


    交通政策をもう少し俯瞰すると、渋滞緩和のための自動車乗り入れ制限・電気自動車の優遇が目につく。

    さらに各交通網を補完するものとして、自転車を明確に位置づけているのがロンドンの特色だ。

  寮友も大学の教授も自転車で学校に通勤・通学しているのを見かける。何故だろうか? 貸自転車らしき青い自転車も目につく。


今回はロンドンの交通政策における自転車の位置づけを考えてみたい。

最初に厳しいことを言えば、日本人の感覚から言うとロンドンで自転車を乗るのは決して快適ではない。なぜならば、基本的に車道、特にバスレーンを走らねばならず、ロンドンバスやタクシーに煽られながら走らねばならない。これは決して気持ちがいいものではない、自転車ゾーンが整備されているドイツから見れば地獄図絵だ。

日本でも規則上は車道を走る事になっているが、ロンドンの真似をすれば交通事故続出だろう。語学留学したオックスフォードも同様の状況で、語学教師の一人は自転車から転倒し怪我をしながらも教壇に立っていた。それでも人々はそれでも自転車に乗り続ける、何故だろうか。

ありていに言えば、自転車ユーザーにとって「時間が読める」「低コスト」という2つのメリットがある事に尽きる。

まず、道路は渋滞が激しい。 一般車はバスレーンに入ると罰金の対象(世界に誇る監視カメラ都市なのでバッチリ捕捉されるらしい)のだが、ラッシュ時はレーン自体がバスやタクシーで渋滞する。そしてバスは団子状態で連続してくることも有れば、待たねばならない事も多々ある(ダイヤは約XY分おきというアバウトな表現)。

 地下鉄においては、遅れや工事による運行停止は日常茶飯事であり、これまた時間が読めない。車内でアナウンスがあれば、ほぼ「この電車は(●●の都合)で止まった」という類の話だ。何故か、どのアナウンスもやたら申し訳なさそうな口調だ。もちろん駅で時刻表を見た事は無い。 

こうなってくると、自転車が一番機動的かつ、定時性のある交通手段になる。自分の脚力でおおよその時間は決まる訳で、ヘルメットをかぶり、視認性の高い黄色いジャケットを羽織って男女とも必死の形相で今日もロンドンの町を走っている。


一方で「低コスト」という観点ではどうか。

まず、公共機関は毎年値上げする。更新工事の為という大義名分はあるが、殊に地下鉄の値上げは激しい。サービス向上の意味合いは無いだろう。例えば、地下鉄はバリアフリー化を早々にあきらめてり、ホームと車両の段差は激しく「Mind the gap」とアナウンスが流れる。対してバスはほぼ100%低床車となっており役割分担をしている模様だ。

各種の交通機能改善プロジェクトは目白押しであるが、何気に中止になる案件もある。この点に関しては、東京都の開示の仕方の判りにくさよりは数段ましだろう。

いずれにせよ、「Mind the gap」「Sorry, xx minutes late」などという自虐ネタのロゴ入り土産物まである。地下鉄に関して言えば、乗客は、毎年のように上昇し続ける運賃と半ば脱力系の状態を受け入れるしかない。

その点、自分の所有している自転車なら、インフレーションは関係ない

また、ロンドンの大規模な貸自転車システムは注目に値する。バークレイズ銀行が広告権を獲得しており、ブルーの自転車をロンドンの町で見かけた事がある方も多いであろう(日本語での判りやすい解説記事はこちら)。これは2007年に話題をさらったパリのVélibのパクリで、2010年から導入した。他の計画と違い、オリンピックに間に合った貴重な成功例だろう。

いずれにせよ、これらは、日本の使いにくいレンタサイクルとは一線を画している。

  地下鉄のZone1区域内に500か所以上あるスタンドで借りて、別のスタンドに返すことも可能な仕組みで、地下鉄やバスで移動したあと、最終目的地の近くまで自転車に乗り換えるといった芸当も可能だ。

筆者も実際に乗って見たが、手元で操作できる3段切替ギアでタイミングに若干クセがあり、違和感を感じたほかは概ね快適。ハイドパークといった大規模な公園内には自転車専用レーンが設置されており、旨く使えばバスよりも早く目的地に着く事が可能だ。決済手段がIC付きのクレジットカードやデビットカードだけであるため、各ステーションには暗証番号入力用のパッドがある。最初は少し戸惑うが、手続き自体はいたって簡素だ。

課金体系は20132月現在で上記の写真の通りである。「Membership key」を入手しておくと、いちいち操作をする手間が省けるとのことだ(英語版の公式HPこちら)。30分以内にスタンドに返せばアクセスフィー以外はかからない。ちょっと近場を自転車で移動することが多いのであれば、年間のメンバーシップキー(90GBP)を入手しておけばかなり安価な移動手段と言える
残念ながらアクセスフィーは、2013年の正月から値上がりしており貸自転車の方はインフレとは無縁でないらしい。 


一方、日本の貸自転車はどうであろうか。例えば東京では、せいぜいが各区単位(世田谷区)での運営に留まるので用途が限定されてしまい、行政サイドの「環境問題に取り組んでます」「シルバー公社の雇用確保」といった自己満足色が強く、利用者の視点が弱い。それでも実践しているだけ世田谷区は「まし」だが。

メーミングライツでもよいし、違法駐輪から高額の罰金を取るなり各学校や鉄道運営企業にレンタルポートを義務付けるなりして、こういったレンタサイクルを整備するイニシャルコストのねん出という発想があってもよいように思える。無論、ランニングコストは受益者負担とすべきだが、手続きは簡素にしてほしいものだ。

日本の(交通)政策を見て痛感するのは、手ぬるい企画と総合的判断なき泥縄方式である。ロンドンも道が狭く命がけで自転車に乗らねばならないが、それが嫌ならバスに乗ればいいだろうという明確な代替案を行政は示している。学生のみならず、高齢者・失業者向けの交通機関割引といった施策もあり興味深い。

さらに突飛な話をすると、パリやロンドンで街中にある貸自転車のシステムは、これからの大規模「シェア時代」経済政策の予行演習の様な気もしている。勿論、スポンサー企業にとってはイメージアップという広告宣伝費、という割り切りも有るだろう。が、所有でなく利用に課金する「寺銭」ビジネスのバリエーションなのかもしれない。 さらにこの貸自転車のシステムの成功を受けてパリではAutolibなる電気自動車のカーシェアリングが公道上の一部を使用してサービスを始めているらしい。日本でもカーシェアリングが流行の兆しを見せているが、サービスの提供方法が各社ばらばらで統一仕様でない事が普及のネックになるだろう。

いずれにせよ、「シェア時代」の自転車行政に果敢に挑むパリやロンドンの取り組みは今後も注して見たいと思う。一つ一つの技術や結果が大したことが無くても、緩く横にラッピングして「良さそうなシステム」に仕立てあげるのが上手いのが、ヨーロッパ諸国やアメリカのやり方であろう。 対して日本は個別項目はとても良くできているが、これらを統合しての「売り物」にする事例が少ない。 「iPhone」 と 「walkman」、「一太郎」と「MS-office」・・・過去の事例から思いあたる比較は色々あるだろう。

日本発で世界に広められるような、シェアベースの課金システムが出来ると将来の食いぶちにつながっていくのだが・・・・どうであろうか。
 
          これまでみたように、自転車一つ見ても、各国の政策の違いが見てとれて興味深い。ロンドンでは命がけだが、定時性とローコストという観点で今後も、自転車の使用を交通システムに取り込んでいくであろう。

なお、個人所有の自転車の場合は盗難が多いので、前後のタイヤも取られない様に施錠する必要がある。折りたたみの自転車も多く、大学の教室内に自転車を持ち込む人も見かけるから本当に盗難が多いのだろう。学生寮でも共用冷蔵庫からラム酒が盗まれたり、共用のコインランドリーから女性の下着が盗まれたりするので、まったく油断ならない国である。スタンド間を移動する貸自転車ならば盗難に関わるトラブルもほぼ無いと想定できる(しかし、一度路上に乗り捨ててあった貸自転車を見た事があるからゼロでは無い)。









  いずれにせよ、ロンドンで自転車を乗る際は、車道で転倒した際のリスクミニマイズを図る事や盗難対策は良く考えておく必要がある。具体的にいえば、肌の露出を抑えヘルメットを用意する、丈夫な鍵を用意するといった類のことだ。




よく見ると自転車のかごにLoveという文字が・・・ドライバーに愛ある運転を促しているのだろうか・・・そういえば、「Mind the gap」と書かれたTubeのロゴマーク入りTシャツを着た自転車青年がロンドンバスに思い切り煽られたのも見かけた。殆ど間隔(gap)をあけずに迫ってくるのだ・・・


なかなか他人に思いを伝えるのは難しい。


ああ、Mind the gap....
(2013/2/9記)

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6 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

本自体は、読了していないのですが、こんな記事を見つけました。ちょっと綺麗ごとすぎる気もしますけれど・・・

http://wedge.ismedia.jp/articles/-/2565?page=1

Erich1970(エリック藤牧) さんのコメント...

なかなか、面白い本のようですね。 帰国したらチェックしてみたいと思います。 なお、自転車の盗難に関しては、日本も色々あるようでして、施錠方法も工夫が必要なようです。

http://blog.cycleroad.com/archives/51934185.html

Erich1970(エリック藤牧) さんのコメント...

このブログによると、2010年9月現在では、年間登録が45ポンドということであるから、わずか3年で、2倍・・・・上昇率にしては強烈な気がする。 あるいは、自転車の減耗率が高くてペイしない価格設定だったのか・・・。 一般的に毎年12月になると、「来年は値段が上がりますよ、お早めに」といって年間契約をあおる商売が有るとも聞いてますが本当ですね・・・

http://blog.goo.ne.jp/oku1958/e/4e0c41588a0057d33d24b1d6a3b33eb2

Erich1970(エリック藤牧) さんのコメント...

「『3人乗り自転車』潜む危険…年311人が負傷」 と読売新聞の記事にあるが、これこそが、交通・育児助成政策の失敗の帰結ではないだろうか。 都市部において、こんな無茶を強いられるのは、中国でも見たことが無い。 道路を広げるコストが巨額すぎるならば、小型バスの運行や宅配購入への助成、ベビーシッターへのインセンティブ等という手もあるのではないだろうか。 殆ど無人の高速道路が過疎地域に山ほどあり、都市部でこういった事故が頻発する(何が何でも自転車で連れて行かなければ面倒が見られない状況)がある事をして、悲劇と言わずして何と言おうか。  


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130209-00000586-yom-soci

匿名 さんのコメント...

こういう記事が載っていました。

日本も取り組みをしているようですが、なかなか浸透しないですね。
車道と歩道のほかに、自転車道という意識がないんだと思います。

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20130623-00000008-rnijugo-pol

Erich1970(エリック藤牧) さんのコメント...

 匿名様、興味深いリンクですね。「英国の「国家自転車戦略」」とありますが、どう考えてもイギリスの自転車道は安全とは思えないですね。確かに、歩道を自転車が走って来ないのは歩行者にとっては福音とおもいますが・・・・。 本やメディアを鵜呑みにするのは危険だと、このリンクを見て感じましたね。有難うございます。