ロイヤルアルバートホールでオペラ「カルメン」を'観劇'した。
一言で言えば、円形の舞台を生かしたエンターテイメントに徹した判りやすさ重視の立体的演出だったと言えようか。
カルメン自体が初見なので偏見かもしれないが、物語の転換点がややドタバタと推移した印象は否めない。オリジナルはフランス語の筈だが英語版での上演、本物のジャグラー(しかも本物の火)やら、一輪車乗りが出てきたり、長い竹馬に乗ってくる人がいたりと、サーカスの要素がふんだんに織り込まれ、エンターテイメントに徹した印象だ。もちろん、馴染みのある楽曲(闘牛士、ジプシーの踊りなど)が主体のオペラは娯楽としては申し分ない。
「ジプシー」と連呼していたが、ポリティカルコレクト(差別用語とされる言葉を中立的な意味合いに言い換える)は関係ないのかな?と心配になったりする。「ロマ」と呼ばないと公式にはまずいと聞いているのだが・・・。
中欧を主体にしてオペラを観劇していた筆者にとっては、不思議な事が一つあった。それは各々の座席に、飲み物を持ちこめることであった(これは「家康と按針」を観劇した時も同じであった)。 左党にとっては感激すべき事ではあるのだが、ほどよい冷たさの白ワインをプラコップで飲まねばならないのはいささか興醒めではある。幕間が短く、地下鉄と同じような口調で、幕間の終わりを警告するメッセージなどが流れた(が直ぐに始まらないのがイギリス流か)。
劇場内にレストランが5つある。地下鉄の駅も近くにない。もともと、お金持ちの人々が(馬)車で乗り付け楽しむ社交場でもあったのだろう。しかし、今やドレスコードが無いので、ジーパン、柄付きTシャツで乗り込む兄ちゃん姉ちゃんもいるのだから、
ヴィクトリア女王の夫であるアルバート公も草葉の陰でビックリしているだろう。
終演後、カーテンコールは型通りで、スタンディングオべレーションも無く、淡々と終了。
バスを待つ人々で、劇場前のバス停はちょっとしたラッシュアワーだったが、人々の顔はどこかリラックスした感じで、観劇を楽しんでいた事をうかがわせていた。
バスを待つ人々で、劇場前のバス停はちょっとしたラッシュアワーだったが、人々の顔はどこかリラックスした感じで、観劇を楽しんでいた事をうかがわせていた。
ヨーロッパに滞在した際に、オペラやミュージカルをあれこれ見比べてみるのも楽しい。 もっと欲を言えば、同じ演目を国や時代による演出の違いに注目して見比べ続けると、その演出の意図が垣間見られるように思われる。 ドイツならば舞台を近現代に置き換えた演出が話題になる。 オーストリアなら原作に忠実かつ手堅く纏める事を優先する。 チェコであれば、時に二重三重のメタファーをかませて観客にしばし考え込ませる余韻を楽しませるなど・・・といった印象を筆者は持っている。 イギリスはエンターテイメント色が強いのかもしれないが、これからも見てみないと何とも言えないが。
自分の人生を変えてしまうようなオペラに学生時代に偶然に出会ってしまう事もある(筆者はプラハで出会った)。 演出のみならず、その時の自分自身の心情によっても、受け取り方は変わってくるので、全く同じものに出会う事は二度とないだろう。 違った感激・分析が可能になる。 自分自身を見つめる一種の定点観測と言ってもよいだろう。
バイロイト音楽祭のような特殊なフェスティバルを別にすれば、高いとは言っても日本で見るよりも圧倒的に安い。学割が効いたり、直前販売の格安券があったりもする。専攻を問わず、チャンスを作って観劇し続けてほしいと心から祈願している。
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