2026年6月17日水曜日

※現在はNoteで旅や移動に関する文章を書いています https://note.com/ericfujimaki

2026年6月6日土曜日

オックスフォード語学留学戦記

バークベック留学戦記の前段階として、 オックスフォード語学留学時代に書いたブログにリンクはこちら。 やり直しの第一歩はここだった。 http://euroeric.way-nifty.com/eric/

2025年7月30日水曜日

拙著『プラハのオペラ座(第二版)』が国会図書館に納本され閲覧できる様になりました。

My travel essay is now held in National Diet Library(NDL), Japan.  拙著が国会図書館に納本され閲覧できる様になりました。大袈裟に言えば「エリック藤牧の著書の存在」がアーカイブされたわけですね  なお、北大図書館や放送大学、他幾つかの自治体図書館や高専にも所蔵されています

2024年2月25日日曜日

ラジオ出演@FMくしろ(Spotifyでも聞けます)

旅とか、鍼(はり)とか、出版とか・・・釧路と世界がつながる濃厚なトーク。 Spotifyで全国でも聞けます♪ ▼2月25日(日)14時《ON-AIR》 【旅する鍼灸院~SUDOさんのツボ探検~】に出演します。 🎧番組はスマホ・PCでもお聴き頂けます 🎧ポッドキャストで音声配信中です 音声配信プラットフォーム『Spotify』で。ポッドキャストでは「番外編」も配信中 #釧路 #FMくしろ #エリック藤牧 #クナウこぞう文庫 #プラハのオペラ座 #旅する鍼灸院 #SUDOさんのツボ探検 #あんずの種 #開業論 #日本鍼灸普及協会 #NAPA #鍼灸治療 #宮古島 #東洋医学 #Spotify

2023年10月16日月曜日

<出版告知続報>

『プラハのオペラ座 -旅に生きる-』
紙版は
https://amzn.to/3LHeUJ0
Kindle版
https://amzn.to/3wwKrZF

「旅やオペラとの出会いが人生をポジティブに変えた」。
日系・外資系企業勤務、社会人大学院留学の傍ら126回以上の北海道訪問、
世界36カ国を旅し、国内外の近現代史に関心を深めてきた著者。
これまでの旅や目標達成のエピソードを厳選、生涯学習戦記の第一弾とした。次世代の方々の進路や学び直しの参考に。
 62のエピソードでつづる北海道と中東欧を中心とした旅と歴史、学びのエッセイ。

例えば、 ナポレオンと初海外旅行 (1978年)
人生を変えた北海道旅 (1991年)
生きがいとなったオペラ (1992年)
私のPDCA (旅と業務革新) (2002年)
中欧越境マウンテンバイク旅 (2002年)
シベリア鉄道で欧州旅 (2010年)
大学院留学で奮闘 (2012年)

北海道一周自転車旅で健康を取り戻す(2022年)
台湾自転車旅と親友一族との交流 (2023年)
※複数エピソードを纏め、要約し例示。 また、長期休暇取得(ヨーロッパ自転車旅)のために業務改善で成果をだしたエピソード、北海道一周を分割し自転車で完遂した旅を含め、「決意は現実化する事」や「大目標を分割し着手し大きな成果へ繋げた」具体例も上げ、旅とビジネス遂行の共通点にも触れた。
訪問地地図や地名リスト付

2023年9月29日金曜日

<出版告知> 10/25 に旅と歴史の初エッセイ 『プラハのオペラ座 -旅に生きる-』を十勝のクナウパブリッシングから刊行します。原点は北海道。中東欧への旅とオペラが人生を変えた。 詳細は 電子書籍版も10/25の発売時点で購入できる様に準備中です。よろしくお願いします

2023年9月6日水曜日

2023年9月末 広尾商店街でEU関連イベント

ヨーロッパ言語の日 in 広尾散歩通り があります。 https://tokyo.czechcentres.cz/ja/program/evropsky-den-jazyku-2023

2021年1月10日日曜日

ル・コルドン・ブルー ロンドン校とロンドン大学バークベック校の共同で学位取得を目指す

 料理・菓子専門学校と大学のコラボ


中々興味深い。


ロンドン大学バークベック校(Birkbeck, University of London)とル・コルドン・ブルー ロンドン校の共同で学位取得を目指す3年間のコースも開講されています。

https://www.ryugakuatuk.com/school/le-cordon-bleu-london/

2018年4月13日金曜日




いつか訪れたいチェルノヴィッツ

http://diamond.jp/articles/-/1089

2018年2月22日木曜日

野口久光 シネマ・グラフィックス展(新潟市美術館 2018/3/25まで)見学

 昭和を代表する映画ポスターのデザイナーであり、ジャズ評論家としても活躍した野口久光氏の作品展。

http://www.ncam.jp/exhibition/4004/



  2014年に京都で同様の展示があったのだが見逃してしまい、この映画ポスターを中心とした展示を4年越しで見ることができた。ここ数年の博物館・美術館めぐりの中でも、群を抜いて広がりを感じられるものであった。 来年(2019年)、横須賀でも同様の展示が行われるとのことなので、首都圏でも楽しめることになる。

 企画協力・監修を行っているNPO法人「NPO法人 古き良き文化を継承する会」
(http://furukiyoki.org/category/info/)の代表者の講演も興味深く、また大林監督が手掛けた『思い出は映画とともに』も映画の予告編を中心として映画を作るというユニークな短編ながら、映画の楽しさを改めて感じさせるものであった。
 
 映画には、それを昔見た高齢者に対する「回想法」により認知症予防や進行抑制などが期待・実感できるという効果があるとは思いもよらなかった。

  ポスター展示では、戦前のドイツ・オーストリア映画の数々、戦後はフランスものが圧巻していた。

 『野ばら』のポスターを見て驚いた。時はハンガリー動乱直後、逃げてきた子供がウィーン少年合唱団に入って成長していく話だったのか! まだまだ見ていない映画のオンパレードであった。
 
 また、行かれなかったが市民映画館とのタイアップ企画上映もあり、日本海側の拠点都市の心意気も感じられた。
 https://www.cinewind.com/line-up/#coming

 さて、映画全盛期のポスターのインパクトは如何ほどのものだったのだろうか。

深夜勤務が続いていたのでタクシーの運転手さんに聞くと、「銭湯によく貼ってあった」「今とは違い写真ではなくて絵だった」といった反応が返ってきた。「ああ、昔の映画を観たいな」とボソッと言ってくれた運転手さんもいた。

 行き会った人々の心に、一枚でも印象に残る映画ポスターがあれば、野口氏のようなデザイナーの人にとっても冥利に尽きることになるのであろう。

2018/2/22記

2018年2月12日月曜日

よし、もう一度

大学院を修了して、社会人に復帰した後、忙しいことを理由にしてブログはお休みしていたけれど、2018年になり素晴らしい出会いがいくつかあった。放送大学や、東京外大、北大サマースクール、そして旅などのこと、少しづつその後の学びを書いていきたいと思う。

「これが生だったのか。よし。もう一度」(ツァラトゥストラはかく語りき)

2014年12月31日水曜日

コシチェにユーシン?? (ハプスブルグの面影を求めて:その20)

 旧市街の外れにある宿から空港行きのバス停があった。そこからコシチェ空港に向かうバス停で、不思議な響きの停留所をみかけた。「ユーシン」とあり日本語の響き。

    (Wikipedia より)


このコシチェではたった一泊だったが、市の中心部はオーストリアーハンガリーの面影を 色濃く残していたことを実感できた。

旧市街の真ん中の広場と教会、市庁舎があり、人々はそこに集う。

駅や空港に降り立った時、そんな安心感も有るからヨーロッパを旅できるのかも知れない。

その中東欧が日本勢を含め欧州での自動車産業の低コスト生産拠点となって久しい。冷戦後、フォルクスワーゲンを始めとして西ヨーロッパの自動車メーカーや部品産業は、東シフトを敢行した。日本ではスズキがハンガリーでいち早く1992年から現地生産をはじめた。理工系を重視した教育水準と安い労働力の確保ということになること、そして社会主義時代の停滞した工場は見捨てるなどの条件が重なったからなのではないか。当初はチェコが注目されたが、より安い労働力を見込み、その勢いはスロバキアやルーマニアに及んでいる。
    その一環が、空港に隣接した形で、2013年に株式会社ユーシンがフランスのヴァレオ社から事業ごと買い取ることになり、バス停のなまえも『ユーシン』となったいきさつのようだ。233百万ユーロで1200人の従業員ごと譲渡と地元でも報道もされた。
空港で日本人ビジネスマンらしき人々を見かけたのもそういったことかもしれない。
この先、労働コストをさらに下げようとするならば、より東方のウクライナということも考えうるが、国境管理による物流コストや所要時間や、労働コスト、地政学リスクなどを考えるとまだまだ先の事なのだろう。
ハプスブルグの面影を追いかけながら、中東欧でのビジネスのことも気にしつつ私はコシチェの空港のラウンジで佇んでいた。

(2014/12/31)

2014年10月5日日曜日

留学準備(「在外日本人」海外に長く住むと言うこと)

 留学・移住を考えているならば、ネット検索などで華々しい話や厳しい話も引っかかってくるだろう。 

 進路や留学について考えが迷った時にこの本を読んでみると、「へぇ―」という驚きと共に畏敬の念に駆られるかもしれない。自分自身も漠然と留学をする事を考えていた時から、何度も読み直していた。 色々な分野の人生を垣間見ることで、自分のレールを考え直すことはあるかもしれない。 順調とされたキャリアパスを捨てたとしても、違う道を歩む事や少し考える時間を確保する事は長い人生では必要な場合が有る。 

 本や勉強だけでなく、良い音楽や絵画、総合芸術などに触れる事も人生を大きな影響を与える場合もある。 勿論、人に出会うことで人生が変わる場合もあるだろう。

BBC PROMS コンサート
 

 この本は1994年に書かれたが、情報が無かった時代だけに本質的な悩みや、厳しく自己に相対してきた人々の言が率直に集められている。冷戦下の中東欧の話もあり、期せずして、先日お話を伺った元商社マンとチェコで一緒に仕事をした人についても、収録されていた。 また、冷戦下、ウクライナ人のヴァイオリニスト女性と恋に落ち、KGBの勧誘を受けながらも断った人、敗戦後に中国に留まり技術指導をした鉱山関係者、ベルリンやチェコで指揮者として人生を歩んだ人など、40カ国65都市でインタビューしたノンフィクション集である。 



 サラリーマンや公務員になるのも人生だけれども、こんな人生もあるよ、という2008年に亡くなった著者からの静かなメッセージ集とも読める。

ポチッとお願いします。




(2014/10/5記)


2014年10月4日土曜日

留学準備(スーツかジャケットは持参、男性なら履きなれた革靴はマストアイテム)

 留学中から就職活動をするケース、パーティー、大事なお客様との会合等々を考えると、フォーマルな装いを準備しておくべきだろう。

 例えば、大学院生ならば下記の様なケースが想定される。


・就職セミナーへの参加

・大学主宰の創立記念日 (アン王女に質問を受ける) の項参照

・政治家との勉強会、サロンへの参加

・クリスマス・ミサなどへの参加

・国際機関への訪問(バークベックのお隣のSOASにはこれがウリのコースがある)

・大使館主催の行事参加 (小国の場合はそういったチャンスもある)

・思わぬ出会いなど

いろいろある。

機能的な印象の本館(?)


Senate House の図書館


学校や図書館だけの往復では余りにもったいないので、余裕を作って思い出深い、大学院生活を送ってほしい

(2014/10/)



2014年10月1日水曜日

ハンガリーだったスロヴァキア(ハプスブルグの面影を求めて:その19)


約百年前まで、大部分がハンガリー領だったスロヴァキアには、東部を中心として今なおハンガリー系の人々が住んでいる。ここ、コシチェの街にはハンガリー風の名前を持っていた著名人のレリーフや記念碑がそこかしこにあり、ハンガリー国旗風の飾り付けが記念碑に飾られている。


 このスロバキア第二の都市は、 ハンガリー語でKassa,、ドイツ語ではKaschauと呼ぶという。

  第二次大戦中の共産系反独レジスタンスの契機となった中部スロヴァキアや首都ブラチスラバとも雰囲気が異なる。独立運動と深い略語SNPと言った単語はこの街では目立たない。

テレジアンイエローは中欧のシンボルの一つ

   当地で生まれた作家Márai Sándorの博物館にふらっと入ってみる。知らなかった作家だが、各国語にも訳されていた。世界各国に住みアメリカで一生を終えたが冷戦下のハンガリーでは発禁だったという。

パスポートは何処の国のものだろう?


NAMESTIEは広場の意

韓国語バージョン

   受付嬢がIELTSのテキストを読んでいたので声をかけると、近々イギリスに留学するらしい。幾つかTipsを授けて後にした。

旧市街の表通りは綺麗に整備されている

戦災や経済活動で変容してしまった西ヨーロッパの都市と違い、開発が遅れたが故に古いものが大切に使われている。何だかホッとするのはそのためだろうか。


 テレジアンイエローと秋の空

  ハプスブルグ時代の面影を強調するように、テレジアンイエロー(マリア・テレジア好みの黄色)で彩色された建物が目立つ。

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(2014/10/01記)

2014年9月19日金曜日

東スロヴァキア今昔(ハプスブルグの面影を求めて:その18)


 東スロヴァキア、この地域の国家帰属や人口構成は複雑だ。19世紀末のアメリカ・ペンシルバニアに大量移民が行われたという事だった。第一次大戦後にオーストリアハンガリー帝国が崩壊する迄、このエリアはハンガリー領だった。チェコスロバキア独立とともにハンガリーから分離、1938年から第二次大戦の間は再びハンガリー領となった。第二次大戦後、ドイツ系とハンガリー系住民は追放され、スロバキア人優位となる。

 島国である時代の長い日本には判りにくい概念だが、旧満州や樺太などでは同じ事が起こっていることは記憶に留めておくべきだろう。

コシチェの目抜き通りはEU補助金で整備された


ウクライナ国旗の配色に似た旗


一方で社会主義時代の名残もそこかしこにある。

 当地で生まれたハンガリー系スロバキア人の労働運動活動家Schönherz, Zoltánが第二次大戦中にブタペストで処刑された事を記したメモリアルプレートがあったりする。

Schönherz, Zoltán のメモリアルプレート

ソ連兵のメモリアルも駅近くに鎮座。

共産時代のメモリアル




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(2014/09/19 記)

2014年9月11日木曜日

デプレッション対策はお早めに(留学準備)

 イギリス人でさえも、太陽が短い冬にはデプレッションになりがちと聞く。うつ病ではないが、ひどく落ち込む日が続いてしまう状態を指す。

 大学院の場合、10月からコースが始まり、いきなりピーク状態になったまま慣れない論文や試験がクリスマス前後に有る。 ホッと一息ついた時や体調を崩した時に、デプレッションになりやすい。1カ月位、回復に時間を要してしまう場合が有り、コースワークに支障を及ぼす事が有るので要注意だ。

雨上がりの冬の空


 対策
1.寮で規則正しい食生活・友人たちと接する
  コースにもよるが、論文の評価主体のコースの場合は週一回の授業であったりすると
  残りの日は人と話さずに一日が終わるケースもある。
  フラットを借りていても、隣人との距離感は意外に難しい。
  その点、寮であれば仲間を見つけやすい。
  筆者もお互いに一日一度でも声を掛け合う重要性を心から身にしみた。

決して美味でなくても友人たちとの朝食は格別

2.定期的な軽い運動
  学校まで歩くのが一番簡単。帰りを違う道にして旨い民族料理を探検するなど変化も重要。
  ハイドパークへのお散歩
  学校生協のジム、公営プールなどに通うのも良い

3.深い深呼吸を覚える

  現地のピラティスやヨガのコースに参加するのも面白い。日本人トレーナーも居ました。
  
  オンライン・ジャーニーロンドン版 クラシファイド で検索して見ると色々出てきます

  お勧めは日本に居るうちからヨガやピラティスを練習しておくことで、集中力も増します。

4.小旅行
  ロンドンからならオックスフォードやウィンザー等の日帰り観光などもよい

冬でもこんな天気だったら思い切って小旅行


皆さんの留学生活が健やかなものであるように祈願しています。 

 (2014/09/11記)

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2014年9月6日土曜日

東スロヴァキア:ビールとステーキで乾杯(ハプスブルグの面影を求めて:その17)

  コシチェ(Košice)に列車は到着。町外れの駅前はシュコダ(チェコ製)のトラムがトロトロ走っていた。
社会主義時代を色濃く残すKošice駅前

   目指すは旧市街のはずれにある山小屋風の宿だった。休日であるせいか、道端のキヨスクも休み、宿の階下にあるビヤホールも早々に店仕舞いであった。
    ややくたびれた感のある宿の中は、どこか北海道の美幌ユースホステルに似ていた。

屋根裏部屋と小さなベッド

山小屋・ユースホステル風の廊下


    宿の名前は「K2」、管理人も元ヒッピーという雰囲気。シャワーを浴び、近くのステーキハウスに向かう。ヨーロッパの地方旅の面白さは、歩いていて「ここは良さそう、旨そう」という勘が働きやすい事があるかもしれない。特に町外れなど地元の人向けのお店ならば意外にコスパが良いことも多い。

U Troch Ruzi

   スロバキアに戻って来たので、旨いチェコビールでまずは乾杯。

ピルスナーウルケル
熟成したお肉を捌いている部屋が見える

極上の肉が木製のトレーで供されて来た

部位別にメニューの説明が有る



 たった80kmでもウクライナから離れると、大空の雰囲気や平原自体は変わらないのだが、街の雰囲気や道路の舗装状態が著しく違う事に気付く。

看板もキリル文字はもはやなく、どことなく見慣れたものになっている。

ただいま、EU、スロバキア!




スロバキア情報関係サイト


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(2014/09/07記)

2014年9月3日水曜日

寮のディスカウント(留学準備)

 ロンドン大学の学生寮費については長期契約かつ一括払いをすると、3%のディスカウントがあった(Season 2012-2013)。コツは、分割払いで長期契約をして入り、ディスカウント期限ギリギリまで様子を見て契約変更する事だ。

 但し、課金システムはクレジットカードを使うにも関わらず、署名した用紙をスキャナーで取り込んだりして送付するなどイマイチな対応で会った記憶が有る。ギリギリに変更しようとしてトラブルに巻き込まれた寮生も居たので余裕をもった対応が吉。

眼下には騎馬警察のパトロール

 学生寮の窓はある程度開いたので真冬を除いては毎朝、空けて空気を入れ替えていた。在学中、滞在した3つの寮とも南面であり、始終デスクワークの身としては太陽を浴びる良い機会でもあった。
インド人留学生たちはこのゲームが好きだった

TVルーム

TVルームと隣り合わせのStudyルーム、余りアテにならない


 南向きの部屋をゲットするのは半ば運の様なものだ。

 北面の部屋、地下室の部屋など、悪条件の部屋もあるのだが、一日1~2ポンドの違い、どうかすれば同じ寮費だ。

 部屋の広さ、リノベーションの有無、シャワーの勢いなど、部屋毎に異なっており、およそ標準化とは遠い世界だ。また、バーの上の部屋、公園に面して煙草の煙がいつも入ってくる部屋などもあり、不平等感は大きい。 英語圏からの学生は、関係先に抗議をして部屋を変えてもらう等の交渉をしていた。

 うまく9か月~1年間快適に過ごせる部屋を確保して欲しい。

(2014/09/03記)

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2014年8月24日日曜日

ヒッチ続行:スロバキア鉄道駅まで向かう(ハプスブルグの面影を求めて:その16)

なんとかシュンゲン域内に入ったので、バスを乗り継げば今日の目的地コシチェKosiceに着けそうだ。だが、もっと早くつく方法がひらめいた。ヒッチハイクを続行すればいいのだ。
 

ウクライナ国境でのせてくれたバスのドライバーに、地図を見せ国際列車の通るルート上の何処かで降ろしてくれるか聞いてみた。
 
 
「いいよ」と快諾を得たので運が良かった。コーヒーでも飲んで、とチップを渡そうとしたが、「要らない。でも大丈夫」と運ちゃん。実直そうな彼に感謝した。

昔の映画を見ると、主人公が田舎で見知らぬ人の馬車に乗せてもらうシーンがある。

敵対関係になることもあれば、民族を意識しない相互扶助の精神が息づいているのかもしれなかった。

 同じヨーロッパ、100年前までは同じハプスブルグ帝国内、そして第二次大戦中から戦後にかけての混乱期、人々はどの様な交流をしていたのか?  これも気になるテーマだ
 
短いウクライナの空を彼方に眺めながら、バスは国境を後にした。
 

 
キリル文字が消え、建物の作りも変わっていく。そして広告の量が変わり、工場の看板も増えていく。

今やスロバキアは自動車部品業の進出が著しい。この街MICHALOVCEにも矢崎総業やプジョーの看板も見え、部品メーカーの工場もあるようだった。人口は4万人弱

道路もこころなしかウクライナよりは良かった。EUの補助金が投入されているのだろうか。

バスはMICHALOVCEの鉄道駅に着いた。目の前にはバスターミナル。ヨーロッパでは駅は町外れにあるのが定番。鉄道駅と長距離バスターミナルが別々の場所にあるケースもしばしばある。

列車時刻表を調べたら、当初よりも早く到着できそうだった。

客車列車に乗り込み、車窓を楽しみつつコシチェに向かった。
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